かつては4年に1度の周期で流行し、「オリンピック病」と呼ばれていた「マイコプラズマ肺炎」ですが、近年では毎年のように流行し、大人が罹患するケースも増加しています。このようにマイコプラズマ肺炎が蔓延化した原因のひとつとして、従来使用されてきた抗生物質「マクロライド系抗菌薬」では死滅しないマイコプラズマ菌が増加したことが挙げられます。本連載では、成人のマイコプラズマ肺炎に焦点をあて、診断・検査法、治療、感染経路や予防法を国際医療福祉大学塩谷病院内科部長(呼吸器)の井上寧先生にお話しいただきました。
マイコプラズマ肺炎は、マイコプラズマという細菌による感染症のひとつです。マイコプラズマとは細胞壁を持たない非常に小さな細菌であり、空気中や水中など、いたるところに存在しています。治療に際しては、細胞壁がないという特殊性をもつため、細胞壁合成を阻害する抗菌薬であるペニシリン系やセフェム系が無効であるという難点があります。
マイコプラズマの種類はとても多く、合計120種類以上にものぼりますが、その中でヒトの体に侵入して病気を引き起こすものは「マイコプラズマ・ニューモニエ」という名の菌種1種類のみです。このマイコプラズマ・ニューモニエ(以下、マイコプラズマ)が呼吸器系に侵入すると、気道の線毛上皮を破壊して細胞内に入り込み、頑固で乾いた咳や38度以上の高熱といった症状を引き起こします。このように、マイコプラズマ肺炎の初期症状は、風邪、とりわけインフルエンザの症状に似ているため、患者さんだけでなく医師からも見逃されやすいという問題があります。
1990年代までは、マイコプラズマ肺炎の症状を治癒させるための有効な抗生物質として、「マクロライド系抗菌薬」が頻繁に処方されていました。一般の細菌性肺炎の場合、体温は上がったり下がったりしながら徐々に下がっていきますが、マイコプラズマ肺炎の場合は、マクロライド系抗菌薬を3回程度服用すれば37度以下に“ストン”と下がるという特徴がありました。
しかし2000年以降、マクロライド系抗菌薬が効かないマイコプラズマ菌が増え、診断や治療に際し、大きな問題となっています。このように、マクロライド系抗菌薬では死滅しないマイコプラズマのことを「マクロライド耐性菌」と呼びます。
なぜマクロライド耐性菌が増えたのか、その確たる理由は明らかになっていません。先の項目で、マイコプラズマ肺炎の初期症状は風邪と似ていると述べました。そのため、風邪の患者さんに対してマクロライド系抗菌薬を安易に処方する医師も多く見受けられました。耐性菌は抗生物質の不適切な処方などにより増えていくため、上記のような背景が原因となってマクロライド耐性菌が増えたという見方もあります。マイコプラズマ肺炎が毎年のように蔓延するようになり、また別の病態を合併して重症化するケースが増えた原因は、このマクロライド耐性菌が増加したこともその要因のひとつであると考えられています。
加えて最近では、今までのマクロライド耐性菌よりもさらに強い耐性を持った(高度耐性化した)菌による、マクロライド高度耐性マイコプラズマ肺炎も認められています。前項でご説明したマクロライド耐性菌によるマイコプラズマ肺炎は、臨床的には(実際の治療の現場においては)マクロライド系抗菌薬を使用することで、ある程度は治療することが可能でした。しかし、高度耐性菌はマクロライド系抗菌薬を使用しても臨床的に効果がないという非常に難しい特性を持っています。原因となっている起炎菌を想定して適切な治療薬を選択することが困難になったため、多くの臨床の現場で時間ばかりが経過してしまい、マイコプラズマ肺炎が遷延化してしまうというケースが認められています。次の記事「マイコプラズマ肺炎の検査と診断①-迅速診断法・イムノカードマイコプラズマ抗体の問題点」では、マイコプラズマ肺炎の起炎菌の特定法についてご説明します。
(関連記事:小児のマイコプラズマ肺炎について「マイコプラズマとは―どんな病気を引き起こす細菌なのか」)
マイコプラズマ学会による『肺炎マイコプラズマ肺炎に対する治療指針』は小児版と成人版にわけられており、このことからも同じマイコプラズマ肺炎であっても大人と子どもでは異なる点があるのだとわかるでしょう。
この記事の目次
「マイコプラズマ」という細菌の名前は、誰しも一度は耳にしたことがあるでしょう。マイコプラズマが引き起こす主な病気はマイコプラズマ感染症であり、その中でも多いのはマイコプラズマ肺炎です。
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