いま、日本は高齢化によって心不全患者さんの急増が懸念されています。これは感染症の大流行(パンデミック)にたとえて「心不全パンデミック」と呼ばれています。
こうした状況のなか、高齢化が進む横須賀市に位置する 横須賀市立うわまち病院は、「横須賀市を心不全パンデミック対応モデル地域に」という趣旨のもと、心不全パンデミックに対する取り組みや講演会を始めています。
本記事では2018年2月16日(金)に横須賀市医師会館で行われた「心不全パンデミック講演会」の内容から、増加する心不全にどのように立ち向かっていくべきかについて考えます。
※講演会座長、講師の先生方の詳細については記事の末尾をご覧ください。
▲座長:工藤澄彦 先生(工藤医院 院長)、磯崎哲男先生(小磯診療所 理事長)
日本人の死亡率をみてみると、心疾患の割合は15.8%で、がんに次いで2位です1)。しかし予後についてみてみると、がんの5年相対生存率は約62%、心不全の5年相対生存率は約50%で、がんよりも心不全のほうが厳しいといえます2) 3)。
日本の心不全患者さんの割合をみてみると、65歳以上の人口では10%をすでに超えています4)。さらに2030年には心不全患者数は130万人に達すると推計されており5)、心不全の予防と予後の改善は大きな課題といえます。
これから起こりうる心不全パンデミックにどのように立ち向かうべきでしょうか。本講演会では、心不全の治療にかかわる各専門の先生にお越しいただき、それぞれの視点から「心不全への対応」について講演いただきました。
▲講師:磯崎哲男先生(小磯診療所 理事長)
磯崎先生:
開業医・一般内科医は、患者さんを日ごろから診察する機会があります。
まずは、心不全の兆候をいち早くみつけ、対応することが大切です。たとえば受診時にむくみや体重増加などに気付くことが重要です。また、日々の診療で心不全を悪化させる病気の予防・管理を行うことで、心不全の急性増悪※1を避けていきます。
そして、「隠れた心不全をあぶり出す」ことも大切です。
受診のたびに体重測定を行う、必ず足の浮腫をチェックするなど、心不全を意識した診察・検査が重要です。また患者さんに普段から心不全を意識してもらうために、患者さん向けの啓蒙活動を多職種の医療従事者が協力して進めていくことも望まれます。
かかりつけ医と地域の中核病院の機能を分けていくことも重要です。
急性増悪の心不全のときにはより医療体制が整う「地域の中核病院」へ、日々の診療・急性増悪の予防は通院しやすい「かかりつけ医」へと、それぞれの機能を分けることで効率的に医療を提供できます。こうした機能分化がパンデミックの対策に繋がります。
※1 急性増悪(きゅうせいぞうあく):病気の状態が急に悪化すること
▲講師:宮本朋幸先生 (横須賀市立うわまち病院 小児医療センター長)
宮本先生:
心不全は高齢者が発症しやすい病気です。しかし「成人先天性心疾患※2」、つまり、生まれつき心疾患を持ちながら成人された方も、心不全の候補者と考えられます。
成人先天性心疾患の患者さんに対応するためには、適した専門の施設や救急対応システムの整備が必要です。
たとえば、以前当院では、重度のチアノーゼ性心疾患※3をもつ若い男性を緊急入院で受け入れました。この患者さんは普段、都内の先天性心疾患3次診療施設※4のみで診療を受けていました。この方のように、先天性心疾患の患者さんのなかには、都内の3次施設で診療・治療を受けるために、遠方から通っている方が多くいらっしゃいます。そのため3次診療施設から遠いそれぞれの地域でも、患者さんの病状が急変したときの救急医療体制や、日常診療の体制を整備することが重要であると考えられます。
また、この当院に緊急入院された男性患者さんの場合、ICUで治療を行ったあと、当院の循環器内科と小児科が連携することで病状をしっかり把握し、その後お住まいの近くの病院へ紹介するという流れで、地域医療へのスムーズな受け渡しができました。緊急の受け入れ、その後の連携の大切さを感じる経験でしたが、こうした体制づくりは各地でどう整えていくべきでしょうか。
成人先天性心疾患の患者数は増加傾向にありますので6)、日常の診療・救急医療システムの整備は急務です。当院は、「地域小児科センター」制度となっており、小児疾患に対する救急システムは整備されつつあります。これからは当院のような地域の小児科センターが中心となって2次診療施設※5の役割を果たしていくことで、成人先天性心疾患の救急システムの確立は可能と考えられます。
成人先天性心疾患の患者さんを地域連携で見守っていくシステムを構築し、今後さらに発展させていくことが望まれます。
※2 成人先天性心疾患:成人となった先天性心疾患(生まれながらの心臓病)のこと
※3 チアノーゼ性心疾患:先天性心疾患のひとつで、チアノーゼ(顔色や全身の色が悪く、特に唇や指先が紫色になる状態のこと)をおこすもの
※4 3次診療施設:基幹施設として高度な診断や重症例の治療や再手術などの外科治療を担当する医療施設
※5 2次診療施設:地域の中核病院として、患者の居住地に近い1次診療施設よりも複雑な検査や投薬、手術などを担当する医療施設
▲講師:沼田裕一先生 (横須賀市立うわまち病院 病院長)
沼田先生:
当院は地域医療支援病院、救命救急センターとして機能しています。そのなかで心不全に対して以下のようなアプローチを行っています。
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など
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こうした対応を、地域の医療機関と連携しながら進めていきます。
これまで当院では、救急医療に始まり、急性期、回復期、維持期、そして再発予防の心臓リハビリテーションまで、心不全に対して包括的な対応ができるように力を入れてきました。しかし、現状のままでは、人生の最終段階に近づく期間である「終末期」への対応が不十分だと感じています。
心不全は、悪化を繰り返し、徐々に終末期に向かうと考えられる疾患です。そうした疾患の治療を行ううえでは、さまざまな苦痛や不安をやわらげ、生活の質の維持や改善ができるように、不快な症状(心不全なら、疲労感、呼吸困難、疼痛、抑うつなど)を管理する能力が求められます。こうした管理を含めた緩和ケアを、心不全の治療に組み入れるべきだと考えています。
これからの時代は、高齢者の急増に伴う心不全の増加への対策に加えて、これまで欠けていた「心疾患における質の高い“緩和ケア“」への取り組みも重要視されていくのではないでしょうか。新しい「心不全に対する緩和ケア」が提供される体制づくりが急務であると考えます。
▲講師:岩澤孝昌先生 (横須賀市立うわまち病院 循環器科 部長)
岩澤先生:
心不全の内科的治療にはさまざまな方法があります。
トリプルセラピーなどの「薬物治療」、心不全の悪化によっておこる入院回数の減少・心不全の症状改善などが期待される「陽圧呼吸療法」、心臓移植・人工心臓などの「心機能をもとに戻すための治療」、虚血性心疾患による心不全への「経皮的冠動脈ステント治療」、「デバイス治療・不整脈治療」など、さまざまな治療選択肢があります。こうした治療を、地域拠点病院としての医療体制をもって進めています。
また当院では、心不全パンデミックと闘うための仕組みづくりに力を入れています。
これまでの心不全治療は「急性期→回復期→維持期」と一方通行でした。そこで当院では、救急治療に始まり、多職種連携で治療を進め、退院後には「包括的心不全センター」が要となるサイクルにのって患者さんをフォローアップするネットワークをつくりました。
このネットワークでは、「包括的心不全センター」で患者さんの状態を定期的にチェックしながら、必要な場面でかかりつけの診療所や薬局、訪問看護センターなどに介入いただき、患者さんのフォローアップを行っていきます。このように病院・診療所・施設の連携によって、患者さんに寄り添いながら心不全のケアを進めていきます。
このネットワークの運用には多職種の連携が不可欠です。医師(精神科医・リエゾンチーム)、緩和ケアのスタッフ、栄養士、薬剤師、看護支援センターなど、さまざまな医療従事者と連携しながらバックアップするチーム体制を整え、心不全の対応にあたっています。
▲講師:安達晃一先生 (横須賀市立うわまち病院心臓血管外科 部長)
安達先生:
心臓血管外科の診療における手術の約半数は、「心不全」に対するものといえます。
心不全の主な手術としては、虚血性心疾患の手術(冠動脈バイパス術、左室形成術、心筋梗塞合併症手術)、弁膜症手術、先天性心疾患の手術などがあります。
虚血性心疾患の手術方法は、21世紀に入ってから進歩し、現在日本では人工心肺を使用しない「心拍動下冠動脈バイパス術(オフポンプ CABG)」が主流になっています。オフポンプ CABGは人工心肺を使用しないため、患者さんへの負担の少なさや、治療費の削減などに貢献しているといえます。
また、手術手法も進歩しています。たとえば「左小開胸の冠動脈バイパス術」は、胸骨正中切開(胸の真ん中を縦に切開する方法)を行わないため、縦隔炎※6のリスクを抑えることや、早期に社会復帰ができることなどが期待されます。また弁膜症の新たな手術方法として「右小開胸での僧帽弁形成術」もあり、早期の社会復帰を目指せる手法と考えられています。当院では患者さんの状態に応じてよりよい治療を提供できるよう、こうした手術手法の検討も行います。
心不全の外科手術における課題のひとつは「難治性で、治療法が心臓移植のみと考えられる方」への治療です。法律の改正によって移植数は増加していますが、現在でも移植の申請数が臓器提供数を上回っている状況は変わりません。
近年海外では、心臓移植に代わる治療法として、長期の在宅治療を目的とした人工心臓治療(Destination Therapy:DT )が注目されるようになってきました。日本でも導入が目指されています。こうした新たな補助人工心臓の登場が心臓移植の対象となる患者さんにとって福音となることが望まれます。
※6 縦隔炎(じゅうかくえん):心臓の手術などの後に生じる感染性合併症のひとつ。手術部位の周囲に感染をおこして縦隔(じゅうかく:左右の肺のあいだの領域のこと)に膿(うみ)が溜まる症状のこと
会場には多くの参加者が集まり、講演に対する質疑応答も交わされました。充実した講演の内容を通して、心不全治療に関する知識、そして現状や今後の課題について理解が深まる意義深い講演会となりました。横須賀市で進むさまざまな心不全への取り組みが、これから起こりうる心不全パンデミック対応のひとつのモデルとなり、よりよい心不全治療の体制構築につながっていくことが期待されます。
【参考文献】
1) 厚生労働省. 平成22年(2010)人口動態統計の概況
2) 国立がん研究センター. 最新がん統計「5年相対生存率 (2006年~2008年診断例)」
3) Levy D, et al. N Engl J Med. 2002;347:1397-402.
4)久保田功. 平成28年度日本内科学会生涯教育講演会「心不全の最新知見」
5) Circ J, et al. 2008;72(3):489-91.
6)合同研究班参加学会(日本循環器学会、日本胸部外科学会、日本産科婦人科学会、日本小児循環器学会、日本心臓病学会). 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010年度合同研究班報告)「成人先天性心疾患診療ガイドライン(2011年改訂版)」
座長:
工藤澄彦 先生(工藤医院 院長)
磯崎哲男 先生(小磯診療所 理事長)
講師(講演順):
磯崎哲男 先生 (小磯診療所 理事長) 「かかりつけ医としての心不全治療」
宮本朋幸 先生 (横須賀市立うわまち病院 小児医療センター長) 「成人先天性心疾患の診療連携」
沼田裕一 先生 (横須賀市立うわまち病院 病院長) 「今、なぜ心不全なのか」
岩澤孝昌 先生 (横須賀市立うわまち病院 循環器科 部長) 「心不全パンデミックと闘う地域医療ネットワーク」
安達晃一 先生 (横須賀市立うわまち病院 心臓血管外科 部長) 「心臓外科的、最新アプロ―チ」