記事2では、「血流維持型血管内視鏡」によって明らかとなった大動脈プラーク*の自然破綻についてお話ししました。大動脈プラークの自然破綻は日常的に起きていることが分かり、それによって末梢の細い血管で塞栓症が起きていると考えられます。そして、これを突き詰めることで、これまで原因不明とされてきた病気の解明が進む可能性があります。
今回は、血流維持型血管内視鏡の開発者である、大阪暁明館病院 特別顧問の児玉和久先生と、大動脈プラークの自然破綻に関する研究を行っている大阪暁明館病院 心臓血管病センターの小松誠先生にお話を伺います。
プラーク…動脈硬化によって動脈内膜に脂質などの物質が沈着して盛り上がったもの。
※記事1は『人生100年時代を健やかに–健康寿命を長く生きるために』を、記事2は『大動脈を中からみて病気を発見する−血管内視鏡が新しい医学をもたらす』をご覧ください。
記事1、記事2でお話ししてきたように、「血流維持型血管内視鏡(以下、血管内視鏡)」が登場するまで、生きている人間の大動脈の中を実像でみる技術はありませんでした。そのため、大動脈の動脈硬化によって生じるプラークについては、主に病理解剖の組織から得られる情報しかなく、実際については明らかでないことが多くありました。
しかし、血管内視鏡で大動脈をみてみると、大動脈プラークに関してさまざまなことが明らかとなり、またこれまでの常識とは大きく異なることが分かったのです。
それらをまとめると、以下のようになります。
上の表からも分かるように、これまで主にカテーテル操作によって生じると考えられていた大動脈プラークの破綻は、日常的に自然に起きていることが明らかとなりました。
そして下の絵のように、多くのコレステロール結晶が血管内を飛散している様子も血管内視鏡で分かったのです。
それでは、大動脈プラークの自然破綻は、私たちの体にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。
考えられることとしては、破綻したプラークから飛び出してきたコレステロール結晶などの内容物が末梢の細い動脈に詰まり、塞栓症状を引き起こしているということです。
しかし、そのようなことが起きていたら、私たち人間は現在のような寿命で生きることはできないでしょう。また、実際に血管内視鏡で大動脈の自然破綻プラークが確認された患者さんも、カテーテル以外による塞栓症は起こしていません。
それでは、血管内を飛散しているコレステロール結晶は、私たちの体にまったく影響を及ぼしていないのか、というとそのようなことは決してないでしょう。
そこで、コレステロール結晶などの塞栓物質を掃除する何らかのシステムによって、それが処理されているのではないかと考えることができます。
あるいは、塞栓物質が末梢動脈に詰まって一時的に虚血を引き起こすも、その周囲から側副血行路*が発達し、虚血状態は解除される。しかし、塞栓物質が一気に飛んできてその処理量を超えたり、蓄積量がある一定量を超えたりしたときに、臓器虚血の症状をきたす、ということも考えられます。
側副血行路…血管が徐々に詰まっていく際に、血行を補うために自然に発達してくる別の血流路のこと。
このようなメカニズムの仮説から、血管内を飛散しているコレステロール結晶などの塞栓物質は、これまで「原因不明」や「老化」などという言葉で片付けられていた病気と密接に関係している可能性が示唆されます。
たとえば、脳梗塞のおよそ3割はいまだ原因がわからないESUS(embolic stroke of undetermined source:塞栓源不明脳塞栓症)です。また、心原性脳梗塞は心臓でできた血栓が脳の血管に流れることで生じる脳梗塞のことですが、実際に心エコー(心臓超音波検査)で浮動性の血栓を認めることはまれです。
また認知機能の低下は、自覚症状のない(無症候性の)塞栓が脳に蓄積することによって生じるという仮説を立てることもできます。
脳以外にも、目、耳、腎臓、四肢などの末梢臓器の毛細血管に、長い年月をかけて少しずつ塞栓物質が詰まることで細胞数が徐々に減少していき、それらの臓器の機能が低下すると推測されます。
つまり、これまで「老化」によって起こり、原因不明とされてきたあらゆる臓器の病因に大動脈の動脈硬化が関係しているのではないかと考えています。
私たちは、それを「ASAP (asymptomatic subclinical accumulated plaque)」と命名しています。ASAPといえば、英語圏でas soon as possible、すなわち「できるだけ早く」の略語です。これらの病気と動脈硬化の関係性について、できるだけ早く解明されることを祈って日々研究を積み重ねています。