腎不全などの慢性疾患とは、腰を据えて長く付き合っていく必要があります。これは時として精神的に辛いものであり、慢性疾患の治療における患者さんのこころのケアは非常に大切です。患者さんが慢性疾患を受け入れるまでの過程には、「喪失」「拒絶」「闘争」「折合」「受容」の5つの段階があります。本記事では、その5つのうちの「喪失」について、日本赤十字医療センター腎臓内科の石橋由孝医師・上條由佳医師ご監修のもと、同科専任の臨床心理士である藤本志乃先生にお話しいただきました。
「喪失」の段階は、疾患や必要な治療について急に伝えられたときなどに起こりやすいこころの段階です。「この治療をするくらいなら生きていたくない」など、とにかく落胆の気持ちが強くなり、物事に集中できなくなったり、無気力になったりすることがあります。うつ病を発症することもあります。
こころが「喪失」の段階にあるときには、考え方もどんどんネガティブなものになりがちです。しかし、ネガティブな考えを突然ポジティブなものに変えましょうといわれても、難しく感じてしまうのではないでしょうか。このような患者さんに対しては、考えを変えるのではなく、体や行動を変化させるようなアドバイスをすることが多くあります。
心理学には「心身相関」という概念があり、体が安定していれば心も安定する、もしくはその反対で、心が安定していれば体も安定するといわれています。たとえば、不安・緊張がある場合には、必ず、体もかたまり、呼吸も浅くなることが言われております。すなわち、体がゆるんでいる状態であれば、不安・緊張状態が起こることはないということで、これは科学的にも証明されています。
そこで、一時的に不安・緊張が高まり「喪失」の段階にこころがある患者さんには、「呼吸法」などをおすすめすることがよくあります。呼吸法は定期的に行うことで、ストレスや不安が下がりやすくなるといわれています。様々な種類の呼吸法がありますが、今回ご紹介する「カウント呼吸法*3」であればどこでもできますし、何もする気が起きないときにでもやってみようという気になりやすいかもしれませんね。
「何もする気がおきなくて家の中にいます。」とお話しされ、なかなかこころが喪失の段階から抜け出せない方も多くいらっしゃいます。そのようなときは少し休養を取った方が良いように思われがちですが、実はできることを1つでもいいのでやってみたり、行動を変化させてみたりすることの方が重要です。下図のように、自分の気持ちの落ち込みやすい状況・行動を整理し、それと異なる代わりの行動を思いつくだけ挙げ、できそうなものを実践してみましょう。
ご家族も、本人のつらそうな状態をみると、何もさせない方が良いのではないかと思うかもしれません。しかし、それが反対に喪失の段階からこころを抜け出しにくくさせていることもあります。晩御飯の準備の際に「お箸だけ並べてもらえるかな?」といったように、小さなことでもいいのでやってもらうよう促すことをおすすめします。
参考文献
*1 Zigmond, A. S. & R. P. Snaith(1983). The hospital anxiety and depression scale. Acta Psychiatrica Scandinavica 67, 361-370
*2 北川俊則(1993) Hospital Anxiety and Depression Scale (HAD尺度). 季刊精神科診断学4, 371-372
*3 嶋田洋徳・坂井秀敏・菅野純・山﨑茂雄(2010)中学・高校で使える人間関係スキルアップワークシート 学事出版
*4 マイケル・E・アディス,クリストファー・R・マーテル(2012)うつを克服するための行動活性化練習帳 認知行動療法の新しい技法(大野裕, 岡本泰昌訳) 創元社