「がんの治療には、セルフケアが非常に重要である」とがん研有明病院 血液腫瘍科部長 畠清彦先生はおっしゃいます。患者さん自身が抗がん剤に負けてはなりません。そのためには、体調管理などのセルフケアが重要なのです。本記事ではがん治療におけるセルフケアの重要性についてお話しいただきます。
高齢の患者さんが来られたとき、成人の通常量を投与すべきか非常に悩むところです。たとえば、CHOP療法(参考記事「悪性リンパ腫の治療-病型によって治療法は異なる」)を成人の通常量で行うと、精神的に高揚させる、心臓に負担を与える、糖尿病を悪化・発症させるなどの影響を与える危険性があります。しかし、通常量を投与しなければ治癒できない場合もあります。いずれにせよ、治癒を目指したために患者さんが抗がん剤に耐えられず、がん以外の要因で亡くなるということがあってはなりません。ですから、患者さんの年齢や健康状態を考えて抗がん剤の用量などを選択することが重要であると考えています。
2015年6月に行われた米国がん治療学会において、あるフランスの医師が、泌尿器科がん、消化器がん、乳がんの患者さん500人以上についての研究データを発表しました。その内容は、65歳以上の患者さんでは、「がんがステージⅢ、Ⅳに進行している方」、「食事が十分にとれず体重が減っている方」、「歩くスピードが平均よりも遅い方」の3つが揃うと、抗がん剤治療後100日以内に75%の方が亡くなってしまうというものでした。
上記の3つが揃うと、治療を行っても25%の方しか助からないという、非常に驚く報告でした。もしかしたら、この患者さんのなかには治療を行わなくても100日以上生きることができた方もいるかもしれません。つまり、抗がん剤によって患者さんの寿命を縮めてしまった危険性も考えられるのです。ですから、治療を行うべきか、または治療を行うことでの危険性を、医療従事者だけではなく患者さん自身も考えることが重要であると考えています。
がんの治療では、「セルフケア」が非常に重要であると考えています。これは、血液がんに限らずすべてのがんにも言えることです。R+CHOP療法では、1回目の抗がん剤投与のあと発熱し、それが悪化して肺炎や敗血症(全身に炎症が起こる重症の感染症)を引き起こすことがあります。これが、がんが進行している65歳以上の患者さんの約30%に起こります。発熱や肺炎は患者さんの状態を悪化させたり、最悪の場合、死亡につながる危険性もあります。その肺炎や敗血症を引き起こす火元となるのが口腔内なのです。口腔内には非常に多くの細菌が常に存在しています。正常では問題にならない細菌も、抗がん剤によって抵抗力が落ちているときには肺炎・敗血症を引き起こします。
ですから、口腔内を清潔にケアしておくことは非常に重要なのです。本人は問題がないと思っていても、実は虫歯などがある場合がありますので、がん研有明病院では入院までに治療してきていただきます。特に多発性骨髄腫の治療薬のなかには、歯に異常があると投与できないものもあります。また、口腔内以外にも皮膚を怪我している、痔があるなどは、その部位から細菌感染が起こる危険性があるため、しっかりとケアしていただくことをお願いします。
(※関連記事:国立国際医療研究センター 血液内科診療科長 輸血室医長 萩原 將太郎先生「多発性骨髄腫はどんな病気?」)
上記に述べたセルフケアのなかには、体調管理と持病の管理も含まれていると考えています。たとえば、大腸がんの治療ーステージ別の治療方針とはを受けているひとり暮らしの高齢の患者さんが、真夏にクーラーをつけずに脱水によって亡くなっているケースがありました。せっかく抗がん剤治療を行っているにもかかわらず、脱水で亡くなってしまってはがんの治療の意味がありません。
また、持病の高血圧病の薬をきちんと服用していないと、血圧のコントロールができません。その結果、病院の帰りに脳卒中で亡くなってしまうということが起こるかもしれません。控えるように言われているアルコールを飲んで抗がん剤治療に影響を与えてしまうことも同様です。
ご自身で持病の管理などが難しい場合は、ご家族にサポートしてもらうことも必要になります。今後、多発性骨髄腫や悪性リンパ腫では抗がん剤の経口薬が出てきます。注射薬と異なり、経口薬は患者さん自身にしっかりと服用してもらう必要があります。ですから、患者さん自身ががんを治すという真剣な気持ちがなければ治療はうまくいかないと考えます。