記事1『子どもの手術は体に負担の少ない方法が重要! 子どもに対する内視鏡手術』で、成長・発達が著しい子どもに対してこそ、低侵襲である内視鏡手術が必要だということをご説明しました。ただし、内視鏡手術は医師の習熟度によって差が生じる術式であり、ただでさえ手術を経験する機会が少ない小児外科医がどのようにして修練を積めばよいかが課題となっています。これについて、名古屋大学医学部附属病院小児外科教授の内田広夫先生は、内視鏡手術のシミュレーター導入の重要性を強く訴えられ、実際にプロジェクトを発足して研究を進められている最中です。小児外科で内視鏡手術のシミュレーターを導入することで、小児外科領域はどのように変化していくのでしょうか。内田広夫先生にお話しいただきました。
※本記事は、記事2『鼠径ヘルニアが内視鏡手術で完治する? 「単孔式腹腔鏡下鼠径ヘルニア根治術」の開発』でご紹介した内視鏡手術のシミュレーターの詳細記事となります。
小児外科領域では、若手医師が確実に経験を積める組織体制を築き、良い人材を育てていく必要があります。
しかし記事1『子どもの手術は体に負担の少ない方法が重要! 子どもに対する内視鏡手術』で詳細に述べたように、小児外科医が修練を積む機会は限られています。小児外科手術の年間発生数は成人に比べて圧倒的に少なく、日本の出生数の減少も相まって、非常に厳しい現状があります。また、ここには出生数と小児外科施設数のバランスがとれていないという問題もかかわっています。
内視鏡手術は、開胸・開腹手術と比較して手術時間が長くなる傾向があり、また、内視鏡カメラ、鉗子という特殊な機器を扱うための技術、高度なテクニックが要求されます。そのため、施設間や小児外科医の技術格差が開腹手術よりも大きく開いてしまっています。名古屋大学医学部附属病院のように手術の経験を積む機会が多く、内視鏡手術を積極的に行っている施設であれば小児外科医は技術を磨くことができますが、そうではない施設の場合は腹腔鏡下手術を素早く的確に行うことが難しくなります。(詳細は記事1『子どもの手術は体に負担の少ない方法が重要! 子どもに対する内視鏡手術』)
患者さんを治療するのですから、たとえその医師にとっては最初の手術というときでも、ある程度の技量を確保しておかなければなりません。特に、より高度な技術が必要とされる小児内視鏡手術に対してはしっかりと事前に訓練しておく必要があります。限られた手術件数のなかで小児外科医が技術を磨き、格差を是正するためには、内視鏡手術(腹腔鏡、胸腔鏡手術)のシミュレーターを開発して発展させていくことが重要だと考えます。
外科医であれば必ず、自分が初めて手術をする相手がいます。小児外科を含めたすべての外科は、人を切ることによって徐々に腕を磨き、技術を高めていきます。このような実際の経験は勿論大切なことですが、私はそれ自体がもはや適切ではないと考えます。
安全かつ確実に子どもへ低侵襲手術を行うためには、やはり内視鏡手術のシミュレーターシステムを導入し、生身の人間で手術する前に小児外科医がきちんと技術レベルをあげられるような仕組みを確立しなければなりません。これは現在、最も患者さんから求められていることでもあります。
シミュレーターを用いることで、初めて執刀する段階でも、小児外科医がある程度経験を積んだ状態で手術に臨むことができます。現状ではそのようなシミュレーターはほとんど存在しないため、若手の小児外科医はいわゆる「糸結び」や決められた課題をこなすことで代用していますが、今後はそのようなシミュレーターの開発(具体的な開発研究については後述します)が進むことで、若手医師が希少疾患にも十分に自信をもって対処できるようになるでしょう。
では、シミュレーター導入に向けて具体的にどのような活動を進めているかをご紹介します。
最近、私が代表研究者となった平成28年度難治性疾患実用化研究事業(国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED))で、「On the Job training回避を目的とした小児内視鏡手術統合的術前トレーニングシステム・認定プログラムの確立に関する研究」(2016-2018)というシミュレーター確立のためのプロジェクトを動かし始めました。
そこでは民間企業とも共同して研究を進めています。具体的には、三菱プレシジョン株式会社が開発した「LAP-PASS」というVR(ヴァーチャルリアリティ)を用いたシミュレーターの改良や仕様変更を行ったり、以前より模擬臓器や手術練習用シミュレーターを作製しているサンアロー株式会社と、模擬臓器を用いた小児手術用シミュレーターの開発を行っている最中です。
子どもは術後の人生が長く、成人・老人になって初めて機能予後(手術後、将来的に病気だった部位の機能が維持できているかの予測)が明らかになります。内視鏡手術(腹腔鏡手術、胸腔鏡手術)は記録が残り、結果が出てから手技を検証できるので、これらは次世代の小児外科領域の改革に必須な術式となるはずです。
内視鏡手術の未来は、手術そのものの改革のみにとどまらず、手術手技や医療機器の進歩、患者さんのQOL(生活の質)の改善などへと大きく広がりをみせていくでしょう。だからこそ、多くの医師がシミュレーターを使って内視鏡手術の訓練を積むべきだと考えます。
私たち名古屋大学医学部附属病院小児外科は、全国の小児外科施設と比較しても非常に多くの患者さんを診ている施設といえます。そのなかで単孔式腹腔鏡下鼠径ヘルニア根治術、胸腔鏡下食道閉鎖症根治術、腹腔鏡下胆道拡張症根治術などの内視鏡手術を積極的に行い、ハンディキャップを背負わない子どもたちの生活を確保していくことが私たちの使命であり、実際に私たちはそれができる実力を持っています。また、私たちだからこそ、内視鏡手術によってもたらされる利点を今後さらに明らかにすることができると考えています。
スタッフ一同、そのような使命をしっかりと受け止め、小児内視鏡手術をより広げていくために、今後も努力を重ねていきます。