胃食道逆流症という病気は、かつて逆流性食道炎と同義語でしたが、現在ではより多彩な病態、症状を示すことが分かってきました。テレビや雑誌などで一度はこの病名を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
胃食道逆流症とは、胃の内容物が食道に逆流することで生じるさまざまな病態の総称です。コマーシャルなどの情報から「生活習慣が乱れた大人の病気」とイメージする方が多いかもしれませんが、胃食道逆流症は赤ちゃんや子どもに、より頻繁に起こります。赤ちゃんの胃食道逆流症は基本的に自然治癒しますが、まれに乳幼児突発性危急事態(ALTE)という危険な状態に陥ることがあるので、慎重に見ていく必要があるといいます。今回は2記事にわたり、名古屋大学医学部附属病院小児外科教授の内田広夫先生と、同院小児外科講師の田井中貴久先生に、赤ちゃんによく起こる胃食道逆流症についてお話しいただきます。
最初に胃食道逆流症によって引き起こされる可能性が指摘されている「命にかかわること」についてご説明いただき、そして原因、症状、検査についてもご解説いただきました。
胃食道逆流症自体はすぐに命にかかわる病気ではありません。しかし、胃食道逆流症が原因となり、赤ちゃんがALTEという重篤な状態に陥ることがまれにあります。これには注意が必要です。
厚生労働省SIDS研究班の『乳幼児突発性危急事態(ALTE)診断ガイドライン』によると、ALTEとは「呼吸の異常、皮膚色の変化、筋緊張の異常、意識状態の変化のうちの1つ以上が突然発症」した状態です。乳幼児突然死症候群(SIDS:何の前触れもなく、突然1歳未満の乳児が死亡すること)の一歩手前の状態と考えられています。
その症状は赤ちゃんが突然死するのではないかと思わせるほど激しく、20秒以上呼吸が停止したり、体の色が青色や蒼白(または赤色)になったり、窒息や空嘔吐が起こったりします。
ALTEが起こった場合は上図の基準にのっとった検査で原因を追究し、原因が分かればそれに対する治療を行います。
ALTEは特定の疾患ではなく、乳幼児に突然起こる症状の1つとされていますが、これは胃食道逆流症が原因となって生じるケースがもっとも多いことが分かっています。
そのため、私たちは胃食道逆流症の赤ちゃんを治療するにあたり、ALTEが起きることがないかを慎重に見ていきます。
胃食道逆流症についてお話しするにあたり、まずは胃の逆流防止機能についてご説明します。
人が食べ物を飲み込むと、食物は食道を通って胃へ送られます。食物が胃へ送られた後は、下部食道括約筋(胃との結合部:LES)がしっかり閉じて、胃液や胃の内容物が食道へ逆流しないようになっています。逆立ちしても胃の内容物が戻ってこないのは、この下部食道括約筋がはたらいているためです。また胃が動くときには下部食道括約筋がしっかりと閉じ、胃が休んでいるときは少し開くような調節をすることで、食道への逆流が起きないようになっています。
ところが、力んだりして一時的にお腹の圧が高くなったり、何らかの原因で下部食道括約筋の機能が弱まったりすると、胃の内容物や胃酸を胃内に留めることができず、それらが頻繁に食道に逆流してしまいます。また、通常であれば物を飲み込むときのみに弛緩する下部食道括約筋が、物を飲み込んでいないにもかかわらず胃の蠕動とともに緩んだときにもやはり逆流が生じます。この状態を「胃食道逆流現象(GER)」と呼び、胃食道逆流現象が慢性的に生じた結果生じた異常の総称を「胃食道逆流症(GERD:Gastro Esophageal Reflux Disease)」といいます。
テレビのコマーシャルやインターネット上では、胃食道逆流症は「食べすぎ」「飲みすぎ」「肥満」「喫煙」「ストレス」などの生活習慣が原因となって発症するという情報がよく見受けられます。
そのため、「胃食道逆流症は大人がかかる病気」とイメージされている方も多いのではないでしょうか。しかし、実際には赤ちゃんや幼児にも非常によく見られる病気です。まずはこのことを知っておいていただきたいと考えます。
胃食道逆流症の原因は上記に挙げた生活習慣の問題以外にもさまざまなものがあり、生まれつき下部食道括約筋のはたらきに障害がある場合や、食道や胃の機能が未発達な場合にも逆流が起こります。
赤ちゃんは、健康であっても食道や胃の筋肉が未発達で、不適切なときに噴門(食道と胃のつなぎ目)が弛緩することがあります。そのため、しばしば胃酸や胃の内容物が食道へ逆流します。
具体的な例としては、赤ちゃんを横向きの体勢で抱きかかえて授乳したり、授乳後すぐに寝かせたりした場合、重力の作用がなくなるので逆流が起こりやすくなり、飲んだばかりのミルクを嘔吐することがよく見られます。また授乳量が多すぎたり、お母さんがカフェインを摂取していて母乳にカフェインの成分が含まれている場合も逆流が生じやすいといわれています。
胃食道逆流は乳児期に非常によく見られますが、成長とともに下部食道の距離が発達するため、多くの場合は自然に改善します。しかし胃食道逆流が24時間のうち合計1時間以上見られる場合は要注意で、経過を観察しているうちに治療が必要となる場合があります。
なぜ逆流が多いと治療が必要なのでしょうか。その理由は、赤ちゃんの胃食道逆流症を放置すると成長障害につながる恐れがあるからです。
また、長時間食道が胃酸にさらされたり、逆流した胃酸や胃の内容物が食道の中に停滞していると、さまざまな病気の発症につながります。
これらのことから、逆流が多い場合には治療を検討する必要があると考えます。
胃食道逆流症による症状には個人差があります。もっとも分かりやすい症状は嘔吐ですが、何回も嘔吐する方もいれば、それほど嘔吐しない方もいます。
そのほかに、下記のような症状が現れることがありますが、どの症状が出るかは個人差が大きく、一概に述べることはできません。
など
胃食道逆流症の赤ちゃんは、繰り返し気管支炎や肺炎を起こすという特徴があります。これらは逆流した胃の内容物が気管に入ることで起こります。また、胃の内容物を大量に吸い込むと窒息したり、食道内に逆流してきた胃酸(塩酸)の刺激によって心臓の拍動が遅くなり、ひどい場合には心停止したりすることもあります。
一般的には食道内圧検査、食道透視検査、24時間食道内pH検査、食道内視鏡検査などさまざまな検査が行われます。
胃食道逆流症の診断に特に重要な検査が、pHモニターを用いた食道pHモニタリング検査(24時間食道内pH検査)です。
この検査では、小型のセンサーつきのカテーテル(管)を鼻から挿入して、1日(24時間)放置します。センサーは食道と胃の2か所に設置し、この状態で食道および胃のpH濃度を連続記録します。胃液はpHが低いので、食道に設置したセンサーに胃液が触れると、グラフが下がる仕組みになっています。
24時間を100%としたとき、何%の時間に胃液の逆流が見られたかを調べることで胃食道逆流の程度が判明します。4%(1日1時間程度)以上pHが下がっていることが確認できれば、異常な状態と診断されます。
また、食道炎や食道潰瘍、食道狭窄の程度を調べるために、食道内視鏡検査を行う場合もあります。
こうしたさまざまな検査の組み合わせから、逆流が病的なものか、標準範囲であるかを診断していきます。
胃食道逆流症では決まった症状が現れず、また赤ちゃんは自分の状態を言葉で訴えることができないため、この病気を発見するのは容易ではありません。
当院にいらっしゃる胃食道逆流症の赤ちゃんの場合、何度も嘔吐する、あるいは肺炎を繰り返すなどの症状がみられたことで、小児科から紹介されるケースが多く見られます。これらの症状には注意が必要といえるでしょう。また、胃酸の逆流によって歯のエナメル質が溶けるため、虫歯ができやすいのも胃食道逆流症の特徴です。
これに加えて、重症心身障がい児などが鼻管での栄養管理から胃ろうに移行する際に行われる食道pHモニタリング検査(24時間食道内pH検査)で判明することもあります。
1歳未満の乳児の場合は、前述したALTEが重大なサインとなります。赤ちゃんが突然窒息し、息が止まったという際には必ず胃食道逆流症であるかどうかを調べることが大事です。
引き続き、記事2『胃食道逆流症の治療―重症心身障がい児には手術をする場合もある』では胃食道逆流症の治療についてご紹介します。