難聴は命にかかわる病気ではないため、軽視されている一面があります。しかし、「聞こえ」の問題が日常生活の質を大きく左右するものであることは間違いありません。この記事では、難聴の知られざる一面から最新の診断・治療までの貴重なお話を数回に分けてお伝えします。国際医療福祉大学三田病院 耳鼻咽喉科の岩崎聡先生にお話をうかがいました。
難聴とは、聴覚が低下して音が聞こえにくい状態をいいます。WHO(世界保健機関)による世界疾病調査(2008年)では、45歳以上の男性の27%、女性の24%以上に中程度の難聴があるとされ、日常生活に支障をきたす障害の順位では、近視・遠視などによる視力の低下を上回る第1位にあげられています。
65歳以上の方のおよそ6割に難聴がみられます。75歳以上の方の1/4が難聴のため日常生活に支障をきたしているとされています。日本における65歳以上の老人性難聴者は1655万人と推定され、今後高齢化が進めば、難聴になる方はさらに増えることが予想されます。
さらに、イヤフォンやヘッドフォンで長時間音楽やゲームを楽しむ方が若年層を中心に増えており、このことが原因となる音響外傷「ヘッドフォン難聴」が急増しています。アメリカではすでにこの問題が大きく取り上げられ、対策として「60・60セオリー」が推奨されています。これは最大音量の60%以下に絞り、連続して聞く時間も60分以内までにするというものです。
聴力が低下すると、会話のなかで話の内容がよく聞き取れないのに返事をしてしまい、相手に誤解を与えてしまうことが往々にしてあります。またその反対に、何度も聞き返して会話が弾まなくなってしまうこともあります。
このようなことから円滑なコミュニケーションができなくなると、人と会話することを避けるようになり、引きこもりがちになります。それだけでなく、耳から脳への情報が少なくなると脳の活動が低下し、認知症やうつにつながる可能性もあります。
難聴は患者さん本人だけの問題ではなく、家庭や職場、地域のコミュニティなど、周囲の人たちとの関係においても重要な問題となるのです。
難聴は大きく2種類に分けることができます。ひとつは伝音難聴、もうひとつは感音難聴です。
内耳の蝸牛(かぎゅう)という器官にある感覚細胞には、音を感じるために重要な役割を果たす有毛細胞が規則正しく並んでいます。大音量による音響外傷や加齢などによってこの有毛細胞が消失してしまうのが感音難聴です。
感覚細胞の再生については、動物実験ではその形状を再生できるところまで進んでいますが、聴覚の機能を取り戻すことはできていません。再生医療による難聴の治療が実用可能になるまでにはまだまだ時間がかかると考えられています。
感音難聴の場合、ステロイドや循環改善剤などの薬物治療で早期に治療を開始すれば、内耳の機能が改善する場合もあります。薬物治療で改善がみられない場合は補聴器を使用します。そして、補聴器でも充分な効果が得られない場合は人工内耳などの人工聴覚器による治療を検討します。
伝音難聴および混合性難聴の場合は、中耳や外耳の病気が原因となって難聴が起こっていることが考えられます。たとえば慢性中耳炎の場合、鼓膜形成術や鼓室形成術による治療を行ないますが、手術をして難聴が改善すればよいのですが、難聴が残ってしまう場合もあります。このような方には感音難聴と同じく補聴器を使用します。補聴器を使用できない方や、補聴器で充分な効果が得られない方に対しては人工聴覚器を検討します。この場合は人工中耳や骨導インプラントが選択肢となります。
従来は手術をしても改善しない難聴には補聴器しか治療の選択肢がありませんでしたが、現在は感音難聴・伝音難聴もしくは混合難聴のいずれの場合にも、人工聴覚器による治療が可能となっています。難聴で困っている方はあきらめないことが大切です。
記事6:人工中耳と骨導インプラント―難聴治療の最前線(2)