耳下腺腫瘍の手術では、耳下腺の中を通っている顔面神経の温存に配慮しながら、腫瘍をしっかりと取り切ることが大切であるとされています。頭頸部外科の第一人者であり、耳下腺腫瘍の手術経験が豊富な埼玉県立がんセンター頭頸部外科部長の別府武先生にお話をうかがいました。
良性・悪性を問わず手術が治療の基本となります。手術は全身麻酔下で行ないます。
現実的には、腫瘍の大きさと浸潤の範囲に応じて切除範囲を設定し、腫瘍をきれいに取りきることが重要で、その大前提の方針に悪性度による違いはありません。結果的に、低悪性度がんでは顔面神経や周囲の組織への浸潤・癒着はほとんど認められないので、これらが保存できることがほとんどです。逆に高悪性度がんで特に大きいもの、T4などでは顔面神経や周囲組織への浸潤、癒着がほぼ全例にみられ、きちんと取りきるためにそれらが合併切除されることが多いのです。
顔面神経のほかに耳下腺の周囲にあり術後機能や整容面に大きな影響を与える重要な組織には、下顎骨(かがくこつ)や外耳道、顔面の皮膚がまず挙げられます。そしてこれらを含めて拡大切除を要した例では組織の欠損が大きくなるので、遊離組織の移植や神経そのものの移植が必要になります。
耳下腺腫瘍は放射線治療や化学療法の効果が乏しいといわれており、手術による切除が治療の第一選択であることは間違いありませんが、術後に確定する病理診断や進行度に応じて、術後に化学療法や放射線治療(あるいはこれらを同時に行う化学放射線療法)を行なう場合もあります。
一般に耳下腺がんの術後は、口腔がんや咽頭がんの術後と違って、経口摂取に大きな問題のないことが多いので、術後の体力低下も比較的軽くて済みます。しかしながら症例によっては、顔面神経麻痺や下顎切除による顔貌の変化、咀嚼咬合(噛み合わせ)の障害、外耳の変形等による聴力の低下が問題になる場合があります。
耳下腺手術の合併症には次のようなものがあります。
がんの進行度分類では原発腫瘍の大きさや浸潤(周囲の組織への拡がり)の程度をT1〜T4の4段階(T0は腫瘍なし)で表しますが、T1やT2の場合、高悪性度がんであっても腫瘍を切除しきれていれば原発巣で再発することはほとんどありません。一方、同じ高悪性度がんでも、より進行したT4の症例では原発巣制御(がんが最初に発生した場所に再発しないようにすること)が難しくなります。これは肉眼的にがんを切除できたと思える場合でも、顕微鏡学的にはがんの残存があったり、リンパ管や小血管などを介して周囲に散ったがん細胞をすべて切除しきれなかったことが原因と考えられます。
また悪性腫瘍では、がんがその成長過程において頸部リンパ節に転移する場合があります。いったんリンパ節転移をきたした症例は残念ながら予後が良くありません。したがって、転移をきたした例をいかに探し出すかということが重要です。そのために頸静脈顎二腹筋リンパ節(けいじょうみゃくがくにふくきんりんぱせつ)をサンプリング(抽出)する方法(sampling of jugulodigastric node)を当科では行なっています。
施設によっては、がんであれば予防的な意味で一律に頸部リンパ節の郭清(切り取ること)を行なっているところもあります。しかし、低悪性度がんであれ高悪性度がんであれ、早期のものではリンパ節転移をきたす症例の割合はさほど高くはありません。唾液腺癌の治療成績を向上させるための今後の課題は、手術後の補助治療の強化にあり、今後、種々のお薬の開発が盛んになってくるものと予想されます。