外耳や中耳に問題があって聴こえなくなる「伝音難聴」を治療するために行われる手術が「鼓室形成術」です。代表的な鼓室形成術に「Ⅰ型」「Ⅲ-c型」「Ⅳ-c型」があります。また、耳硬化症に対する「アブミ骨手術」があります。4種類の中耳手術がどのような疾患、進行状況のときに行われるのか、兵庫医科大学病院副院長で耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教室主任教授の阪上雅史先生にお話を伺いました。
音は外耳道から入って鼓膜を震わせます。その振動が中耳にある「ツチ骨」「キヌタ骨」「アブミ骨」という3つの耳小骨で増幅された後、内耳にある「蝸牛(かぎゅう)」で電気信号に変えられ、聴神経を経て脳に伝わります。難聴には、音を伝える外耳や中耳に何らかの問題があって聴こえなくなる「伝音難聴」と、音を感じる内耳の聴神経・聴覚中枢の機能に問題があって聴こえなくなる「感音難聴」があります。また、伝音難聴と感音難聴の両方が組み合わさって起こる「混合難聴」もあります。
伝音難聴の治療で行われる手術は「鼓室形成術とアブミ骨手術」です。対象となる疾患は「慢性中耳炎」と「真珠腫性中耳炎」であり、これらでほぼ8〜9割を占めます。次に多いのが「耳硬化症」です。耳硬化症は3つの耳小骨のうち最も奥に位置し、内耳に振動を伝えているアブミ骨が動きにくくなる病気です。
まれですが、耳小骨の先天奇形、外耳道狭窄症・閉鎖症、外傷性耳小骨離断などが原因で「鼓室形成術」を行う場合があります。ただし、外耳道閉鎖症については手術の効果があまり認められず、近年は手術をしない傾向にあります。「鼓室形成術」で聴覚を回復できない場合には埋込型骨動補聴器(BAHA)を用います。また重度の「感音難聴」の場合は人工内耳を埋め込む手術を行います。
兵庫医科大学病院の鼓室形成術は、この数年間、国内の大学病院で最多の実績を誇っています。中耳はツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨の3つの耳小骨と、多数の小さな孔(あな)がある乳突蜂巣(にゅうとうほうそう)が収まっている空間です。この耳小骨や乳突蜂巣に異常がある場合に行われるのが「鼓室形成手術」と「アブミ骨手術」です。鼓膜に穴がある場合には鼓膜も再建します。鼓室形成術は、病変の進行に伴う耳小骨の状態によって3つの手術法を使い分けます。
鼓膜に穴が開いているだけで、耳小骨に異常が認められない場合に行われます。鼓膜の孔穴をふさぐ再建術を行うほか、鼓室内にある炎症などを取り除きます。耳小骨連鎖は保たれているので、手術後にもともと聴こえる自然な状態に回復できます。慢性中耳炎のうち8〜9割はⅠ型を行います。重症化して耳小骨が壊れている場合は、進行度に応じⅢ型、Ⅳ型を行います。真珠腫性中耳炎ではまず真珠腫を除去することを優先するので7〜8割のケースでキヌタ・ツチ骨を取らざるを得なくなりⅢもしくはⅣ型の手術をすることになります。
耳小骨のうちツチ骨やキヌタ骨に異常があり、最も奥にあるアブミ骨には異常がない場合に行われる手術です。ツチ骨・キヌタ骨を取り除いたうえで、鼓膜の振動をアブミ骨に伝えます。鼓膜とアブミ骨は距離が離れているので、一般的にはその間に「コルメラ」と呼ばれる振動を伝える支柱をはさみます。鼓膜の振動はコルメラを介してアブミ骨に直接伝わることになります。c型の「c」はコルメラの頭文字から取っています。
コルメラの材料には、取り出した耳小骨や耳たぶの周りにある軟骨など自分の体の組織を使う場合と、人工材料であるセラミックを使用する場合があります。日本では人工材料を使わないケースが多いようですが、兵庫医科大学病院では基本的にセラミックを使っています。というのもセラミックは音の伝わり方がよいからです。ただ異物であるため、排出されてしまう可能性があり、その防止策が大事です。
アブミ骨は底板と上部構造の2つで構成されていますが、このうちアーチ状の上部構造の部分が壊れているときに行われる手術です。鼓膜の振動をアブミ骨の底板に伝える手術で、やはりコルメラをアブミ骨の底板との間にはさみ鼓膜とつなぎます。Ⅲ型と同様、鼓膜の振動はコルメラを介してアブミ骨の底板へ伝わります。
耳硬化症で難聴を引き起こしている場合、アブミ骨手術を行います。アブミ骨に小さな穴をあけピストンを挿入します。ピストンの材料としては、テフロン製ワイヤーピストン・テフロンピストンなどがあります。